きゅうぺる (593)

街を歩いていて、喫茶店などお店の名前が英語の時、大抵はその意味が分るが、分らない時もある。フランス語、ドイツ語、イタリア語の場合は分らないことが多い。そういう時はどうする?家に帰って辞書を引く?英語はともかく、他の言語の場合は、そもそも辞書が無い(大学を卒業した時に売り払った)という人もあるのではないか。(いや、無しですませましたとメールをして来た人があった。)
「きゅうぺる」という喫茶店があった。平仮名だが、英語らしい。街で見かけたのではなく、永井荷風の『断腸亭日乗』に、昭和8年頃、銀座で通った喫茶店として、この名が出てくる。最近読んだ、川本三郎『荷風と東京――『断腸亭日乗』私注』(岩波現代文庫)に、この店名について、
 「きゅうぺる」(Cupel)とは英語で「金を吹きわける器具」
と説明があった。その時点で、僕はこの語の意味を知らなかった。『日乗』は以前に一読している。『日乗』を読んだ時、この語を「知っていた」「知らなかったので辞書を引いた」「知らなかったが、引かなかった」「特に気にとめず、読み過ごした」かのどれかだが、そのどれだったかは忘れた。多分、最後の場合だったろう。
それはともかく、改めて辞書を引いて見ると、確かに川本氏の注の通りである。
  a small, shallow, porous cup used in assaying gold, silver, etc.
    (Webster’s New World Dictionary)
他の辞書を照らし合わせると、bone ash (骨灰)から作る皿で、鉛などから金や銀を選り分けるのに使うという。
「きゅうぺる」の主人が、商工省工業試験所で、きゅうぺるを吹いていたから、この名を付けたと川本氏は説明を加えている。皿そのものは実用的なもので、見ておしゃれなものではなさそうだ。しかし、語のひびきはかわいい。
ちなみに、英語 cupel は、フランス語からの借用。フランス語では coupelle で、発音は「クペル」。

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